主に「自由遊び」の関連論文3本

A:工藤真由美(2009)「現代児童文化の一考察」『四條畷学園短期大学紀要』42, 18-20

http://ci.nii.ac.jp/naid/110007069888

PDFあり

B:中村ウメ(2002)「人間性の発達と子どもの遊び・その2」盛岡大学短期大学部紀要 12, 179-186

http://ci.nii.ac.jp/naid/110000964256

PDFあり

C:松本園子(2004)「昭和戦中期の保育問題研究会の活動(3)自由遊びに関する研究」『幼児の教育』103(8), 36-43, 日本幼稚園協会

http://ci.nii.ac.jp/naid/120001935363

PDFあり

 Aは、現在の子供たちは身体を動かさなくなってしまって、身体表現やそれに伴う創造力が減少していることを述べている。まぁ、ステレオタイプにステレオタイプな言説で重ねた感じである。ただ、どんなに環境が悪くても、子供たちに主体的な意志があるならば、そこはかけがえのない遊び場になる。その手だてを示すことが保育者の役割であるとする意見には賛成する。

 Bは、現在の保育や幼稚園の現状を簡単に概説し、特に手のかかる子~キレる子の対応に追われていることとか、自由遊びでどのように主体性を育むのかが見えにくいことなどを調査研究を元に論述している。特に、昨今は遊具に関する安全性配慮の是非を問うような指導が展開されている状態が多いことから思いっきり遊ばせることが難しいことなどが述べられている。中でも、熟達者の保育者についての言及が上手い。

 子どもを熟知した保育士は子どもの表現に対する気づきや考え出す動きがより自然であり、子どもを輝くように見せたいと思う衣装作りは学生のアイディアを遙かに超えた豊かな内容だったのである。積極的な舞台はまさしく動くアニメの世界であった。プログラムを計画した主催者側も感涙するほどだった。

 集団で遊ぶこと。創意工夫すること。そして、その事を通じて主体性を身につけること。それは遊びに限らず、人が生きて行く上で重要な要素である。そのために保育者は、どう遊びを観て、関わるのかが問われている。

 Cは、そもそも自由遊びは、保育時間以外の「自由時間」としてみるのではなく、保育の内容として位置づけるべきだとして考えられていることを踏まえて、戦中の保育実践について紹介している記事である。あまり興味のない人にはつまらないようかと思うが、1930年代後半の保育者と子供たちとの遊びをめぐる記録は、読んでいて、当たり前のことだけど、昔から子供たちは遊んでいたことが分かる。最後に書いてある、積み木をめぐって男の子と女の子の取り合いのケンカ、そして保育者の仲介と調整。最後にみんなで積み木でボードを作って、ピアノに合わせて皆で漕ぐ、一生懸命漕ぐ中で一艘では面白くないから二艘にしようと男の子とも女の子もすっかり仲良しとなり二艘のボートを造って競争することなど、戦中の記録にあることの事実。そんな子どもも80歳以上になっているわけで…こうした記録が残っているのが分かると、いかに保育は伝統的な専門職なのかが分かる。

 ちなみにこれらの論文で言及されている幼稚園教育要領は文科省、保育所保育指針は厚労省からダウンロードできる。

幼稚園教育要領

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/you/you.pdf

保育所保育指針

http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/hoiku04/pdf/hoiku04a.pdf

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救護施設→知的障害児施設→通所介護施設(高齢者)と15年以上。これからも思考と体力で、働いていきます。

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