破滅への欲望

古木宏明(2008)「破滅への欲望」『竜谷大学大学院研究紀要, 社会学・社会福祉学』 16, 1-18, 龍谷大学大学院社会学研究科研究紀要編集委員会

http://ci.nii.ac.jp/naid/120002857392

PDFあり

 副題が、H.P.ラヴクラフト作品が求められる理由の考察となっている。

 間違っても、社会福祉学のセクションでの研究論文ではないが、一瞬目を疑ってしまった。CiNiiでラヴクラフトとキーワード検索したら、唯一PDFで落とせるのがこの論文だけ。あとは、1980年代に『ユリイカ』で特集されたぐらいであまり取り上げられていない人である。文学論として取り上げられても良さそうなものだが。

 内容は、ラヴクラフトを知っている人なら基本的なことばかりであまり参考にならないかもしれない。しかし、ここ最近、ライトノベルなどで、クトゥルフ系が出ていたりと作品が続いているので、クトゥルフの生みの親であるラヴクラフト大先生のことを知るのは、良い内容かと思う。この作者、大先生の作風について良く表現されているので、ちょっと長いが引用しておく。

 ゴシック・ロマンスを愛しながらも、そこに描かれる驚異に満足しきることなく。幼少の頃より科学に親しみながら、そのまま小説にできるほどの幻想的な夢を見る精神を持つ。恐怖や怪奇さを追求するために、人間を中心とした小説の書き方を抜け出す。そして、訪れれば享受するしかない、逃げられぬ恐怖の存在を誰より恐れている。そんなラヴクラフトだからこそ構築できたできたであろう。[…中略…]

 個人、それどころか、人間という種族そのもの−そして、それが築いてきたあらゆる文明ーが、宇宙全体からみれば、なんと儚く、ちっぽけな存在であることか。人間は世界の中心などではなく、その存在も、常識も、秩序も、全てが人間の暮らす限定的な場所でしか通じない、取るに足らないものなのだ。ラヴクラフトは、この考え方に基づいて作品を描く。故に、そこに現出する怪異どもは、他の誰かが創出したそれより、絶大な存在である。宇宙も、時間も、次元すらも、その全てを超越する。あまりに圧倒的な存在であるが故に、そこには対立すら発生しない。怪異がその気になれば、人間など容易に蹂躙されてしまうのである。現在、人間が反映を謳歌できているのは、怪異がその気になっていないか、あるいは、単なる偶然という幸運のたまものに過ぎないのだ。

 その後、気になって、ドゥルーズで確か、ラヴクラフトについて言及しているところがあったなと思って調べたら、『千のプラトー』に3カ所引用されていた。文学と哲学、そして時にオタク系とか取るに足らないパルプ小説すらも飲み込むのが哲学なのかと思えば、文学もまた哲学に返すこともまた学問なんだなと。ここ何本か、文学論をまとめながらそう思った次第。

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