“尻拭き”は「偉い」のか

渋川明日香(1998)尻拭きは「偉い」のか」『人間発達研究』21,79-94,お茶の水女子大学

http://ci.nii.ac.jp/naid/40004133972

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 副題は、知的障害者施設「生活指導員」1年目の視点となっている。

 大学院卒(修士)のたぶん女性が知的障害者更生施設に勤務して一年目の感情や仕事についての感想を述べた現場レポート。作者も言うように体験してみないと分からないことがあると現場に飛び込んでみたというある意味、活動的な女性である。学位・修士論文のテーマがノーマライゼーションだったとのことで、随所に、普通とは何かが現れて、施設勤務の内容と利用者の行動がその普通のフィルターを通して考察されている。

 内容は配属に至るまでの経緯から時系列に勤務内容と利用者との関わりが、今風に言うとブログのような感覚で書かれている。知的障害児施設や知的障害者の入所型の施設で勤務していれば、「あるある」と思わず言ってしまいそうな出来事や利用者との困ったコミュニケーションのやり取りなどが随所に書かれていて面白い。特に、章立ての中にあるかごの鳥というタイトルと内容は、施錠をせざるを得ない施設構造と職員体制のことをさらっと、しかし一年目のピュアな感覚がそこに描かれている。

 知的障害者更生施設などは利用者が外に出ないように、あるいは窓から飛び降りないようにするために、施錠をし、見守りと称して少ない職員で管理することになる。いわゆる閉じた空間での生活が終日行われがちである。そうした物に後ろめたさを覚えながら、職員が帰る時は玄関先で利用者から「次はいつ来るの?」と声を掛けられ見送られる。そしてガラス越しに笑顔で手を振ってくれるのが見える。その時、

仕事が終わったというほっとした気分と、利用者を閉じこめて自分だけ自由な世界へ戻っていくという申し訳ないような、寂しいような気分が混ざって不思議な感情が生じる。

 最後の方では、大卒で尻拭きかと言われたことがある先輩との会話の中で、ふと、この作者が「院卒で尻拭きか」と言われるだろうと思ったことについての考察が良い。特に、素直に、勤める前に見学などをした際に思った感情が書かれていて良い。

「生活指導員」の方々を見て、大変だな……と思った。そして正直なところ、「私にはこんなことできない。したくない。」と思わなくもなかった。傲慢にも何となく、「私のすべきこと」ではないような気がした。毎日同じ人々の食事や排泄、入浴介助をしているだけなんて、世界が狭くなる。そんな世界はつまらない感じがした。こういうところで「とどまって」いたくないな、と思った。

 その後、働いて良かったとか働きながらでも考えることは出来ること。また学生の時にピンと来なかったことも読み直すと「分かる」度合いが違っていることに気付くことなどが書かれている。大学生が思うこと、そして現場で働いてみての思いが良く描けた内容である。

 福祉労働は、特に福祉系4年生大学を出た人よりも専門学校や短大、あるいはまったく畑違いの業種から移ってくる人の割合が非常に高い。その意味で、福祉系大学を卒業した人は周りから専門教育を受けた人として見られることになる(管理職からの視線も含め)。ましてや院卒となればなおさらである。その時、少数派の大卒者のアイデンティティは1年目よりも2年目、3年目に問い直されていくことになるかと思う。

 この論文が書かれて既に10年以上経つことになる(201112月現在)が、この論者はいまどういう気持ちで働いているのだろうか。もしくは、もう現場にはいないだろうか。

 もし手にはいるならば、是非読んでほしいレポートである。

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救護施設→知的障害児施設→通所介護施設(高齢者)と15年以上。これからも思考と体力で、働いていきます。

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