今日の社会福祉における社会的歴史的本質認識の欠如性

末崎栄司(2000)「今日の社会福祉における社会的歴史的本質認識の欠如性」『同朋福祉』6.63-77

http://ci.nii.ac.jp/ncid/AN10517509

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 要するに、資本主義国家では資本家と労働者という対立軸から、資本家が労働搾取等を行って社会問題とか貧困を生み出している。高齢者や障害者は、健常者に比べて資本家が労働力として必要のない存在に置かれるから、貧困に陥るのである。あるいは、高度成長期に総国民総中流と言われるように貧困はなくなったというスローガンがあり、すでに貧困問題はなくなったと言われ、こうした社会福祉の対象者の貧困・生活問題が置き去りにされているんじゃないかという主旨である。

 サラッと読むと、構成上読みやすく、資本家への批判や歴史的記述あるいは労働者の団結、そして高齢者や障害者が置かれている立場などなんとなく納得されがちになるが、この論文を鵜呑みには出来ないなとも思う。

 資本家が今の社会福祉の問題領域を作ったかのような記述であるが、資本家がいなければ雇用も存在せず、大量の失業者を生み出すことになる。よって、資本家は必要な存在である。また利益の追求をしなければ賃金が発生しない。利潤の極大化と低賃金は必ずしもイコールではない。

 後半に資本主義が労働運動や社会運動によって破壊されると、資本家たちが自分達の利潤を得ることも確保することも出来なくなり、だから最悪の事態を避けるために労働者の要求を一部認めているというが、資本主義でなければ、労働運動も社会運動も発生しないし、究極的には資本主義を破壊する程の運動は起こりえない。せいぜい、資本家のうちの何人かが市場からの退出処分を受ける程度である。

 社会福祉が補足する社会問題や生活問題が資本主義によって生み出されていることには異論はないが、それが資本家や資本主義を採用している国家が全ての責任を負っているというのは違うと思う。というのも、社会福祉は一つに社会防衛的観点からそしてもう一つが憲法の定める健康で文化的な生活の保障という人権思想が根底にある。この論文では生存権保障が資本主義への批判に転嫁されすぎているように思う。また社会防衛的観点が描かれていないと思う。

 引用文献など全くなく、論文としての体裁もなっていないように思える。

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