ソーシャルワーク倫理におけるオルタナティヴ

児島亜紀子(2010)「ソーシャルワーク倫理におけるオルタナティヴ」『社会問題研究』59 (138), 7-19, 大阪府立大学人間社会学部社会福祉学科

http://ci.nii.ac.jp/naid/120002739889

PDFあり

 ソーシャルワーク倫理について継続的に研究している先生の論文。前にも書いたけれど、前提になる知識がハンパないのでこの論文を読んだだけではちょっと理解しにくいかもしれない。詳しくは、ここに全ての論文がPDFで読めるので、最先端のソーシャルワーク理論を学びたい人は読むことをオススメする。http://ci.nii.ac.jp/nrid/1000040298401

 副題は、2大規範から文脈、関係、他者に基礎づけられた倫理へとなっている。

 冒頭に美しい箇所があるので抜き出しておく。

 ソーシャルワーク実践がクライエントの生に対する何らかの介入である以上、ワーカーは自らの行為によってクライエントに最善の利益がもたらされるように心を砕く。ソーシャルワークにとってこれまでも、そしてこれからも重要な課題であり続けることは、ソーシャルワーク実践において正しい行為とは何かであり、間違っている行為とは何かであるかと言うことである。ソーシャルワーカーは、どのような行為が正しく、あるいは間違っているかをいかにして知るのであろうか?この問い自体、優れて倫理的な問いである。

 2大規範とは、義務論と功利論であり、オルタナティヴとして位置づけて論じているのが、徳の倫理とケアの倫理である。 義務も功利も共に「公平」と「普遍化可能」を重視しており、両者とも「正義に適う行為とはどのような行為であるか」に関心を寄せている点では共通していると論じている。また、理性的で自由意志を人格概念の基軸に据えている~それが普通の人間であると措定されている。

 その後、ポストモダンソーシャルワークが台頭してくると、普遍性とか公平性は、状況や文脈の中で流動的になり、相互作用の中で生起するシステムが重視されるようになる。よって二大規範は公平で超越的であるとされ、より部分と状況を重視したアプローチにはそぐわない規範とされた。そのような中で、徳やケアの倫理が取り上げられるようになる。善く生きるとはどういう事か、状況下での相互作用に対する倫理観などである。

 それぞれの立場に対する批判や、客観的な論考などさりげなく書かれており、納得しながらも、これだけでは終われないなぁと思うのがこの論文への感想になる。じゃぁ、私はどのような規範を内在しているのか。ケアの倫理が主張する相互作用における生の尊重は納得できるが、それでも、そこには「正義」が介在するしており、ケアの倫理一辺倒というわけでもなさそうである。義務もあるし、功利的になっているときもある。善く生きようとするそのスタンスにも賛同できる。

 結局、良く仕事をすることは善く生きることであるという古来からの労働倫理に戻ってしまうのか。であっても、冒頭に書かれた内容は、それだけではすまないような気もするし…

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救護施設→知的障害児施設→通所介護施設(高齢者)と15年以上。これからも思考と体力で、働いていきます。

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