正義・福祉・愛

河見誠(2012)「正義・福祉・愛」『青山学院女子短期大学紀要』66,15-26
http://ci.nii.ac.jp/naid/40019532121/
PDFあり

 副題は、代理出産から「法の正しさ」を考える となっている。

 論者のスタンスは、代理出産は認められないのではないかと言うことで、代理出産を法的に認めるべきとする立場の人にとってはちょっとどうかなぁと思わないでもない内容である。もちろん、法解釈をめぐる論文なので用意周到に、どっちのスタンスもくみ取って組み立ててはいるが。

 私は代理出産のことはよく分からないけれど、福祉分野でも良く「正義」という言葉が使われる。そして、それに対置する形で「ケアの倫理」が使われる。何でかなぁと思っていたけれど、この論文を読んで少なくても、この「正義」とは何かが分かった。簡単に言って、法的な意味での、あるいは観念的な意味での「正義」とは、一義的に、お互いが自由意志の元で、強制されたモノではなく、取り決めたことであるならば、約束を守りましょう。約束を違えることは不正ですよとする契約概念であること。代理出産でも、ちゃんとした手続きの元で相互了解したのであれば、約束を履行するのが当然であり、心変わりは言い訳にならないのである。第二点が、正義は社会的倫理の最小限の単位でもって支えられていること。社会的倫理とは、例えば、婚姻における生計の維持や与え合う関係、義務など最小の取り決めである。そこに個々人の主観性はあまり問題視されないが、それでも婚姻という契約を維持するための最低限の取り決めが法であり、それが侵されたりした場合は不当にあたり、それは正義(justice)に反する行為なのである。

 そこで福祉にどう関わるかと言えば、現代のソーシャルワークは、利用者へのまなざしが、契約や自由意志の尊重が求められ、社会的に不利益な状態にあるのが、不当な状態…正義に反することとして問題視すること。そして、この不当を改善するために取り組むこと…これが正義の論理である。しかし、それだけではダメな場合がある。利用者に理性的な判断を求めることが困難な場合…重度の知的障害児や精神障害者など、こうした人たちに正義の論理だけでは、その根本的な問題は解決させることが出来ない。

 この論文は、そこに愛を持ってきていたが、近いところで、福祉はケアの倫理を持ち出している。この論文の最後の方で、正義を語る上で、「愛」が「正義」を補うこと、「正義」に「愛」が貫かれること。「善意の愛」を「正義」の基盤とすることを通じて「法の正しさ」を見出そうとする視点は、「愛」を「ケアの倫理」と置き換えても良いと思えた。

 先に書いたように、だからといって代理出産が反対だとか、産んだ側で育った方が子どもは良い人生を送れるかはまた別の話だと思ったが、じっくりと読むと、なるほどと思うところがたくさんあった。

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救護施設→知的障害児施設→通所介護施設(高齢者)と15年以上。これからも思考と体力で、働いていきます。

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