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ワーキングプアとか子供の貧困とか3本

 今回は、ワーキングプアについて実態調査と子供の貧困の連鎖を集めて読んでみた。共通するのは、低学歴であること、また親世代もまた不安定な労働環境であったり親もまた低学歴であることだった。参考にした論文は下記の通り。

 福原は有料(367円)、他は無料PDFあり

 福原は、労働運動、連合の立場から大規模な調査を行っており、その紹介となっている。数的調査では620件のアンケート、聞き取り調査では大都市圏を中心に120人となっている。その中から、この論文は、特に聞き取り調査の概要を論じている。シングルマザーのような就業の機会の狭さなどによる貧困も際だっているものの、だいたいが、転職を繰り返していきながら、リーマンショックなどで派遣切り就労機会の減少からにっちもさっちも行かなくなっていく様子が具体的な数字を元に描かれている。また、学歴でもワーキングプアになりやすい属性としては、高校中退や大学中退などなんらかの「つまずき」によって就労が限定されていること。また親世代の教育への熱心さ、親自身も低学歴であることなどから、子供もまた低学歴であることが示されていた。またワーキングプアの仕事の周縁性や雇用への不安定さは、職場への接合を不確かにさせることなど、様々な社会的排除について具体的な数字を元に明らかにしている。

 西田は、いわゆる低学歴の子供が大人になってどのようなライフコースを歩むのかについいてインタビューを元に構成した非常に興味深い論文を書いている。低学歴、フリーター、ワーキングプアなど社会的に抑圧された子供が犯罪を起こすのかどうか。最初は、犯罪を起こしがちであるという観点から書いてあるのかなと思って読み始めたが、どうも槽ではないという結論に持って行っている。というのも、親も低学歴だったり不定期労働などいわゆる底辺とされる階層で育つと、自分もまたそうしたライフコースをたどるのが「自然な移りゆき」だと思うことを様々なインタビューを元に描き出している。よって、非行や逸脱行為は、不満とか反抗と言うよりも楽しいから行うのであり、強さを認められるためにけんかをするという「遊び」であるのである。そして、将来こうしたいとか上昇したいといった欲望よりも、どうしたいという見通しがなく、そのまま移行していることが明らかになっている。そうした視点で、フリーターとはもともと学卒後の一括就職で安定した職業のルートに乗っていない若者という意味である。その意味で、中・上層の若者の姿を一般化している。それは希望の喪失と描かれる。しかし、貧困・生活不安定層出身で不安定就労状態のある若者はそのカテゴリーに含まれていないことを明らかにしている。

 も西田同様、家族の低学歴や教育へのモチベーションがない中で育つ子どもは、同じライフコースをたどることを3名の10代の女子から聞き取り調査をしている。この論文は、一人ひとりのライフコースをじっくりと個別的に描いたあと、進路選択に至るまでの日常生活というカテゴリーでコラージュした内容となっている。インタビューをじっくりと載せており、臨場感がある。特に最後の方で、経済的困窮(家庭内不和や離婚などなど)で、学業に専念することが出来ないことによる学業不振やお金がないことなどに起因した様々な学校という空間からの排除、周辺化を経験することで、友達などが出来ずに帰属感が希薄化する。そのため、たとえ不安定な環境であっても家族にますます引きつけられることになる。そのため、自分の世界を相対化して見たり、将来への展望を描くという動機も希薄化し、これで良いのだと思うようになる。何も学業だけが生きる道でもないというわけである。確かに、そうした学業だけが生きる道ではないが、狭い世界観だけであればそれは結局の所貧困を連鎖させる結果になる。西田もいうように、自分が貧困であると言うことすら知らないのである。アンダークラスと命名するのは、中・上層社会に属している人たちであるからだ。しかし、アンダークラスであること自体一旦認めた上で、それでもそこから上がっていく道筋を見つけるのがやはり教育である。生まれながらにしてアンダークラスの人がいる一方で、転落して途中からアンダークラスになる人々もいる。そうした人々が再び安定的な収入を得て、精神的にも物的にも安定した暮らしをしていく道筋を作る必要がある。それが憲法25条のいう文化的で最低限度の生活の保障なのであるのだから。子どもの素朴な受け答えに考えずにはいられない内容となっている。

 貧乏でも、親が低学歴でも子供自身が努力して、サクセスストーリーを歩む例は芸能界や芸術あるいは起業の中で散見されるが、それはごく一部で、その下には屍が累々積み重ねられている。しかし、それを屍と見なすかどうか。大卒や研究者、あるいは経済界は、そうした低学歴で不安定労働に従事している若者や労働者を、「仕方のないこと」「当たり前」と見なしているのではないだろうか。それは、世界的にも歴史的にもそう見なしてきたと言える。しかし、いわゆるアンダークラスの人々を非難し(努力しないとか怠惰であるとか)、抑圧する(馬鹿にしたり無視したりする)ことは、歴史的にも暴動と化すことは歴史が証明している。必要なのは、こうしたアンダークラスの人々がいること、社会の多面性や重層性を可視化し、適切な支援を行うこと。それが社会の包摂でも有ろうと思う。



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救護施設→知的障害児施設→通所介護施設(高齢者)と15年以上。これからも思考と体力で、働いていきます。

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