縄文文化など2本

 何となく縄文時代の宗教観とかそういうのを読もうかと思って手に取った論文2本。

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 中島は、非常に詳細に縄文時代の紀行の変動から狩猟時代の光景を生き生きと描いている。西日本と東日本では風土が違い、また樹木の形態から東日本は非常に狩猟や木の実などの採集に適していたために、稲作へ移行するまで西日本とはかなりのタイムラグがあったこと。また温暖期から氷河期になって行くに従って、川の堆積の具合から西日本の方で稲作に適していたことなどを詳述している。また宗教的には、土偶や蛇への信仰があったことなどを紹介。特に蛇は何度も脱皮したりしていくことから円環を指していることから特別視されていたことなど興味深い。いずれにしろ、縄文時代の生活を本当に分かりやすくそして面白く書かれており、高校の授業でも使えるんじゃないかと思えるほど参考になった資料だった。たぶん、こんな事を話してくれる先生がいたら、もっと歴史に興味を持っていただろうなぁと思ったり。いずれにしろ、この論文を踏まえると、縄文時代の発掘報告会でも納得できる予備知識となることは間違いない。

 青野は北海道の縄文文化とくに貝塚などについて紹介。北海道は、本土に支配されるまでアイヌが支配しており、アイヌが狩猟を中心に生活をしていたことから、こうした貝塚が近代まであった。そのため、海獣(アザラシなど)の骨が多数出土している。とにかく、北海道は特に海のもの(サケなど)が豊富に取れていたこともあり、長らく狩猟が文化として残っていたことが分かる。豊富な図説や写真などから北海道独特の文化を知るきっかけになる資料である。また貝塚も、単なる捨て場として使われたモノから、動物儀礼的なものとして丁寧に埋葬されたと思わしき犬の骨などといっしょに出てくるケースや、物送り場として、物の霊を天国に送った骸として扱ったりする場所などが出ていることを紹介している。

 これらをつきあわせて考えると、なんだかんだ言って、稲作といった定住や食糧の安定供給が難しい時代にあって、乱獲は厳禁だったろうし、温暖期で人口が増えていっても氷河期で減っていくなどの試練がある以上、こうした祭祀的な動物や食物、あるいは自然への信仰は必然であった。それは、餓死や病気などで亡くなっていく人を鎮魂をすることや、儀礼を施すことで、生き残っている人々は、自然への諦念(ままならないこと)を意識することが生きる術であったことも容易に予想される。

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