生活保護とか4本

 今回、生活保護などの関連論文を4本。

 すべてPDFあり

 生活保護と聞くと、なんとなく自分とはあまり関係がないような気がする。また生活保護を受けていて、パチンコをしに行くとか、仕事もしないで酒ばかり飲むと言った、自堕落な人という印象を持つ。あるいは、フルタイムで働いていても生活保護以下のサラリーしか手にしていない人もいるのにと批判的な眼差しで見られる。

 またその一方で、では生活保護の成立過程や原理、歴史的背景、実際の運用などはあまり知られていないし、福祉系大学でも公的扶助は割と分かりにくい教科となっていたし、実際私も余りよく分からなかった。

 というのも、多分、生活保護を受給した場合という実感が湧きにくいってのが先にあるんだろうと思う。なんでもそうだが、イメージが湧かないというのは理解がもっとも難しい。

 その中から、実際に生活保護を受けている人々の実態などを中心に読んでみた。

 村田は、石川県金沢市のホームレスから生活保護を受給した人、5人から聞き取り調査を行っている。実際に自分がホームレスに転落するまでのいきさつから、生活保護を受給する際の行政の対応までを詳細に論述している。一人ひとりのケースを分かりやすく、そして具体的に書かれており、行政の冷たい対応まで色々と考えさせられる。際だったのが、生活保護を支援する人が同行した場合はすぐに申請が受け付けられるが、一人で行くとかなり冷たい対応をする…どうしてそうなんでしょうねと。そして、一人ひとりの人生を読むにつけ、転職、ケガ、病気、借金など人生の中で起きる様々な出来事のちょっとしたことですぐに転落してしまうことを知ることが出来る。読んでいて身がつまされる内容である。

 森満は貧困家族で生活している子どもたちにスポットを当てている。学校生活上でも、貧困家族の子供は成績が非常に悪く、そして将来に対してもかなり投げやりになっていること。こうしたことに教員は、できるだけ貧困であることを隠そうとしていることなどが、エスノグラフィー(民族誌)的手法で書いてある。この手法によれば、一つの物語(ストーリー)として描くことが出来るので、インタビューでは、一人ひとりの状況にスポットが当てられるため、個別的な印象を持つが、エスノグラフィーは、その実態が、生徒・教員サイドが文脈に沿って構成されるため、一つの物語として読むことが出来る。この論文を読んで、前に生活保護を受給するまでに葛藤した家族の番組を思い出す。母親は精神病で引きこもり、祖父は24時間介護が必要な状態。父は不況のあおりで失業と就職を繰り返す。そんな中健気に家族を恨むことなく、宿題から家事までを行う小学5年生の女の子。靴下は汚れ、着ているモノも汚い…当然、友人もほとんどいない…それでもその女の子は学業やスポーツは成績が良かったから、学校に居場所があったが、それでもそうした状態が続けば…貧困は連鎖する。そして、学校側も限界がある。そんなことを考えさせられた内容だった。

 河原は、授業で派遣切りについてどう思うのかを中学三年の最後の授業で行った内容をレポートとしてまとめたもの。この大失業時代に、首を切られた派遣社員は文句を言いすぎること。派遣という楽な道を選んだのは自分である。働くところはいくらでもある。文句言う暇あったら仕事探せといった論調である。こうした派遣切りについて国の責任と企業を弁護する、自己責任論が結構根強い。このレポートでも授業の最初の方では、そうした論調が強い結果となっている。しかし、なぜ派遣が奨励されたのか、ワークシェアは何か。サブプライムローン問題や景気とは何かを学んでいきながら、みんなで討論をした内容。これ授業で使ったらとっても面白いんじゃないかと思うような内容。中学のみならず、高校でも使えるんじゃないかと思える。こうした多面的な情報をつきあわせ、単に感情論だけでは済ませないようにすること。これが思考するって事だろうと思う。もし、あなたが、簡単に解雇されたら…、そして守る術を知らず、皆に自己責任だろって切って捨てられるとき、あなたはどう思うだろうか。まぁ、「しょうがない」と言って自分で何とかするんでしょうけど…それで良いのかどうか。

 村上は、経済哲学と小難しい名前で書いているけれど、アマティア・センの理論を援用しながら、人々は単に最低限の生活水準を保つだけでは、生活を保障されたとは言えないこと。それは単に公正性や金銭給付でいくら上げたらいいのかと言うことでもないことを論じている。そもそも母子加算とは、母子家庭の貧困が明らかであるから加算がついていたのだし、老齢加算でも、高齢者独特の事情を鑑みて出されていたのであるが、それが公平性の観点から廃止となる。しかし、生活保護自体が、単なる社会保障ではなく、社会福祉としての役割があり、その理念は、単に最低生活の保障ではなく、人間らしく生きて、究極的には自立した人生を歩むための制度であることを確認している。その意味で、センのベーシック・ニーズの理論は、人々の生活と個人の自由に影響を与える決定過程への人々の参与が根底にある。これは、単に生活保護を支給する行政側の意志決定に従うのではなく、自分の生活や行動の自由を確保するためにこうした支給する側への意見する自由を認めることにある。その他、詳しく論じられており、おそらくそこから、ベーシック・インカムの議論へとつながっていく理論的要素が多分に含まれている。そうした議論の基礎的な資料であると思われる。

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救護施設→知的障害児施設→通所介護施設(高齢者)と15年以上。これからも思考と体力で、働いていきます。

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