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遊びの哲学

田中裕喜(2006)「遊びの哲学」『滋賀大学教育学部紀要(教育科学)』56,93-98


http://ci.nii.ac.jp/naid/110006244715


PDFあり


 遊びは、子どもの諸能力の発達を促す教育方法であるよりも前に、人間が「生きることを楽しむ技法」である。されば、幼児教育において何よりも必要なのは、子どもが将来のために幼児期に達成しておくべき発達課題を列挙して、その発達課題を達成するのに適した遊びを開発することではない。


 と述べて、その後、保育者が遊びを通じて子どもと関わる際に配慮しないといけないことが3点述べられている。


 まずもって保育者が遊びの往還の輪の中から生の充溢を得ているかどうか。そして、その往還に子供たちを誘う手だてを持っているかどうか。そして、遊びの奥行きや発展性を見通しているかどうかとなっている。


 遊びの往還とは、遊び手同士のやりとりが空間の中で繰り返されていくことを指している。それは、相互浸透的に、能動と受動が交互に入れ替わり、大人とか子どもという関係よりも、単なる「遊び手」同士という関係性になることを指す。


 遊びの本質の一つに、主体・客体と切り離して理解する分かり方とは別の、身体感覚を通じながらも対象の内側から分かり学んでいく可能性を有しているとする。


 とするならば、保育者は子どもと遊ぶこととは、人が生きる上でまた必要な行為であるとする使命があるのではないだろうか。


 私が共感する部分でもある。



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救護施設→知的障害児施設→通所介護施設(高齢者)と15年以上。これからも思考と体力で、働いていきます。

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