語られる施設化

麦倉泰子(2003)「語られる施設化」『年報社会学論集』16, 187-199

https://www.jstage.jst.go.jp/article/kantoh1988/2003/16/2003_16_187/_article/-char/ja/

PDFあり

副題は、知的障害者施設入所者のライフヒストリーから となっている。

 麦倉さんは、この手の援助者と利用者に潜む権威性について継続して研究している。読みやすく、また構成もしっかりしておりよく参考にする学者の一人である。

 この論文は利用者自身が、いかに自分を知的障害者として認知していくのか、あるいは受け入れていくのかをインタビュー形式で明らかにしている。自分は何者であるのか。そして役割としての自分はどう振る舞うべきなのか。これは自分自身が決めると言うよりも、外部からの様々な言説から自分の中で再構成していると考えるべきである。しかし、その言説は固く決められたものではなく、その都度発見され、命名されることでコード化されている。知的障害もまた医療の権威的なコードであり、また注意血管障害など新しい定義もなど細分化されたコードを人々に当てはめていく。これを脱私化という。

 その脱私化のメカニズムを4人の知的障害者更生施設に入所している人からインタビューし明らかにしている。そもそも知的障害であると自分自身では思っていない時期から医療に関わったり行政に関わるようになり徐々に自分自身が障害者になっていく様子などが分かりやすくかかれている。その一方で、自分が何でこの施設にいるのか分からないという人もいた。援助者として考えるべきは、利用者であるからと言って、皆が知的障害であることを理解しているわけではないと言うこと。あるいは、知的障害であること受け入れているわけではないことである。そして、知的障害というカテゴリーすら流動的であり、付与された物であることに自覚的であると言うことである。

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救護施設→知的障害児施設→通所介護施設(高齢者)と15年以上。これからも思考と体力で、働いていきます。

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