「障害」をめぐる理解の差異はどのようにのりこえられるか

通山久仁子(2006)「「障害」をめぐる理解の差異はどのようにのりこえられるか」『西南女学院紀要』10,40-47

http://ci.nii.ac.jp/naid/110004866387

PDFあり

 障害への差別とはいったい何か。この問いかけをじっくりと考えた内容となっている。

 障害は差別してはいけないとか障害児も生きる権利があると言われて久しい。しかし、障害のあると出生前診断で分かったときに中絶を選択すること。障害者をみて気の毒だと思う心情。障害を克服するとリハビリをすること。それらは全て知らず知らずに障害を否定している。

 文中にある医師が障害がある子どもであることを告知しなかった故に、介護を含め賠償訴訟が起き、慰謝料や損害として5千万近くが認められた判例が紹介されていた。それが意味するのは、司法がそう判断した背景に、障害児が生まれることは両親にとって損害であると認められる社会的な素地があることを証明している。また、障害を持つことになると、ショック、否認、混乱、解決努力、あきらめ、居直り、という段階を経て受容に結びつくとされる。しかし、それは一つモデルであるとされながらも、それが一人歩きして、「あの患者は受容が出来なくて困る」といった発言が専門職の間でしばしば起きており、この障害受容論の持つ専制性を見いだすことが出来るなど、その指摘は鋭い。

 その後ナラティブによる語られなかった当事者の言説を紹介し、障害だからという一面性だけではなく、健常者と障害者の世界を行ったり来たりしているその事実を明らかにすることの重要性を謳っている。

 7ページだけれどもじっくりと考えられる内容となっている。

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 ちなみに中途障害者のライフストーリーやナラティブ分析については、引用文献で紹介されているのが非常に分かりやすく読みやすい。こっちはこっちで色々と考えさせられる内容で、まさに人の人生は通り一遍のストーリーラインではないことを知らしめる内容になっている。一人ひとりの人生(途上)について思いをはせることの出来る良い内容である。

田垣正普(2000)「中途障害者が語る障害の意味」『京都大学大学院教育学研究紀要』46,412-424

http://ci.nii.ac.jp/naid/110000083452

PDFあり

副題は、「元健常者」としてのライフストーリーより となっている。


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