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宮沢賢治「イーハトーヴ」試論

千葉貢(1988)「宮沢賢治「イーハトーヴ」試論」立正大学文学部論叢』 87, 91-114

http://ci.nii.ac.jp/naid/110000476808

PDFあり


 宮沢賢治の童話や書簡から、彼が現代へのアンチテーゼとして自給自足や自然を畏怖し、和を重視する縄文人的な生き方を思考したとする仮説に基づいて論じている。また彼がほぼ生涯地元に生き、そして死んでいったことに着目し、閉鎖的で自然の厳しさに身を起き続けながら縄文人として生きていこうとする覚悟があったと論じている。

 とはいえ、縄文時代は遙か昔のことであり、いくらその様に生きようと希求してもそうはならない。この論者は、現代の社会は弥生時代からの文明であり、弥生文化とは自然の克服や効率性追求であるとし、そうした縄文人のように(自然を恐れ、和を尊ぶ)は生きれないこと、それが宮沢賢治の生きづらさを生んでいたとする。

 縄文時代の遺跡や遺物が東北から出土していたことや宮沢賢治の小説の中にそうした遺物への興味などが伺えることなどを重ね合わせながらある意味縦横無尽に論じている。

 ややくどい内容で途中で息切れしそうな内容だけど、着眼点が面白いので、宮沢賢治のことが好きな人は読むと面白いのかもしれない。


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救護施設→知的障害児施設→通所介護施設(高齢者)と15年以上。これからも思考と体力で、働いていきます。

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