スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

認知症介護は困難か

二木泉(2010)「認知症介護は困難かー介護職員の行う感情労働に焦点を当ててー」『国際基督教大学学報. II-B, 社会科学ジャーナル』 69, 89-118

http://ci.nii.ac.jp/naid/110007544656

PDFあり

 介護職員は感情労働がほとんどを占めるとの視点で、認知症という顧客に対して、介護員はどのような感情労働を持ってケアに当たっているのかを論じている。認知症は、行動の予測が難しく、個別的な症例を示す。そのため、形式的あるいはマニュアルでは当てはめることが困難なコミュニケーションを求められる。感情労働とは、意図する、あるいは商品化された感情を表出することが求められる労働である。笑いたくもないのに、笑顔を表出し、聴きたくないのにかしこまって顧客の、業務以外の無駄話につきあわないといけないのである。むろん、腹が立っても怒ってはいけなく、自分を殺して誠実さをアピールしないといけないのである。それが、悪いとか良いとかではなく、感情労働であるからしようがないのである。

 この論文は介護員7人から半構造化してインタビューした内容を感情労働の観点からどのような場面で感情労働を行っているのか。そしてその意図はどこにあるのかが分かりやすく考察されている。認知症介護において感情労働の目的は、ニーズの把握と利用者世界の尊重~利用者の独特の世界観を理解し、相手に混乱させずにコミュニケーションを取ることにある。そうして信頼関係を築き~あなたのことは知っていますよと言うアピールをする。そうすることでスムーズな業務が遂行されることになる。それは、ソフトな権力関係があるものの、感情労働が従事者の深層面に浸透すると、やりがいとか対等的な立場になっているとか、良いケアをしていると意識するようである。その一方で、認知症は確かに難しいが、忘れたり、切り替わりが速く、いわゆる後腐れがないことが介護員にとっては気が楽であり、むしろ非認知症の人とのコミュニケーションに難しさを感じるようである。

 良いケアをするには、余裕を生み出す労働環境と、施設の中での団結して良いケアをするために意識がそこに集中していることの重要性を説いており、示唆に富む。

 論文自体は、いくつかの疑問点が存在する。まず研究方法で、インタビューをした介護員の選定方法である。ここに書かれている介護員は多分ベテランの域の人かと思うが、どのような基準でインタビューをしたのか。勤続年数、資格の有無、立場などを明記する必要があったと思う。知人に頼んでということでは信憑性に疑問が出る。また、このインタビューが論文になることを了承したのかどうかの倫理的配慮も明記されていなかった。

 また内容も前半に感情労働についての分かりやすいレビューが載っていたが、感情労働は、ポストフォーディズムの文脈で、感情搾取が問題になっており、どちらかと言えば、感情労働は批判的なとらえ方をされている。文中にも感情搾取について触れているが、その文脈と後半にインタビューのおける感情労働の実際が結びつかない部分が多かった。批判として捉えるのではなく、どのように感情労働が行われているのかを明らかにするとどこかに明記すると良かったと思う。

 とはいえ、介護労働、それも認知症というコミュニケーションが困難な事例に対して、どのように感情労働を働いているのかと考察したレアな論文であり斬新性がある。また介護員にとって非常に参考になる論文であり社会貢献もある。ともすれば介護員は、自身が感情労働をしているのかが分からずに、認知症などに振り回されていることがある。自分のコミュニケーションは自然なものではなく、商品であると自覚するならば、より自身を見つめ直せるのではないだろうか。 

関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

kuma

Author:kuma
救護施設→知的障害児施設→通所介護施設(高齢者)と15年以上。これからも思考と体力で、働いていきます。

自分のサイトもあります。
kumaの学習ノート

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。