生活保護制度における自立論の到達点と今日的課題

戸田典樹(2009)「生活保護制度における自立論の到達点と今日的課題」『龍谷大学社会学部紀要』35, 106-115

http://ci.nii.ac.jp/naid/110008721735

PDFあり

 現在(2012年6月)、なんだか生活保護制度の不正受給とか扶養者がお金持ちなのに親とか子どもが生活保護を受けているとかそんなことが取り上げられるようになっている。この手の話は昔からあったし、生活保護費をもらいながら自立なんてできるのかとか根の深い問題である。あるいは、最近は不況とかリストラで就労能力がありながら生活保護費をもらっている人が増えていることが社会問題になっている。あるいは、国は借金まみれ、社会保障費の圧縮をしていかないといけないのに、保護費は上がり続けている。または、他の人たちが生活保護費以下の所得で頑張っているのに、働かずにいろんなモノが免除されて悠々自適に暮らしているとはけしからんと言う論調がある。つまり、生活保護受給者は今、非常に風当たりが強いのである。

 私はフルタイムで週休二日で働いても、生活保護費以下の賃金しかもらえない状況の方が異常だと思うが、そこはあまり論じられることはない。自立論を語るとは、このフルタイム週40時間働いても低賃金であると言うことの解消無しにはあり得ないのではないかと思う。

 とにかくこの論文では、そもそも自立助長はどのように捉えられてきたのかを制度成立当時の解釈から歴史的に叙述している。適正化、水際作戦などこれまでも生活保護受給のハードルは非常に高い。しかし、それでもむしろ生活保護を薦めてその人や家族をケースワーカーが守ってきたという事例もある。貧困は本当に悲惨である。人の可能性や希望を奪う。たとえ、その人の勤労意欲がないとか人格的な問題があったとしても、それでもって死ねといっていいのかどうか。

 そうした人を死ねと言った途端、その次は、違う要件の人が死ねと言われる。結局、負の連鎖が広がっていく。かつて私の恩師が、残酷なんだけれど、生活保護を受給している人がいるから、我々は生きていける。生活保護の後ろには何もセーフティネットはなく、それが無くなればただ死が在るのみである。ただでさえ、補足率が低く、いまも生活保護を受けていいはずの人が受けずに貧困にあえいでいる。その事実をどうするか。

 そんなことを思いながら、その人が生活保護を受給しながら自立を目指すとは何かを考えてしまった。

 博士課程後期の論文で良くまとまっている。ちょっと勉強していれば当たり前のことを丁寧に書いている。丁寧って所が学生らしくて好感が持てる(って、順当に行けば、この論者は卒業しているだろうけど)。

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