「尊師」は,われらが同時代人

小谷敏(1997)「「尊師」は,われらが同時代人」『季刊社会学部論集』 15(4), 41-80, 鹿児島国際大学

http://ci.nii.ac.jp/naid/110004646068

PDFあり

 副題は、麻原彰晃と70年代の青春 となっている。

 オウム真理教のこととかサリン事件のことは、ほとんどの人が知っているが、あの頃の麻原彰晃がどんな人だったのかとかオウムがどんな活動をしていたのかはかなり風化してしまったのではないだろうか。20代にはピンと来ないだろうし、メディアですらサリン事件のことを調べないと出ないようになったんじゃないだろうか。

 サリン事件からオウム真理教が逮捕するまでの流れは、1995年からだが、私はちょうど大学生だった。ポアすると言う言葉が流行ったし、「私はやってない潔白だ~」と麻原彰晃がパフォーマンスしていた。街角には、変わった象の帽子をかぶった信者が麻原に投票するように選挙活動もしていた。その後、惨敗し、そしてその後にサリン事件、サティアンの捜索と続いていくわけだが…すでにあの頃は遠い昔のように忘れ去られている。

 この論文は、ちょうどその頃の時代の雰囲気を切り取った内容となっている。よく練られた構成で、語りもしっかりしている。だからこそ、これをそっくり読むと、なんだか納得させられるような気持ちになる。今の日本では民主主義が根付いていないとか70年代以降の若者はこらえ性がないとかナルシズムとかメディア漬けだとか…若者論、今の若い者は…という言説が上手く構成され配備されており、うっかり説得されそうになる。それだけ面白いことには変わりはないのだが、あくまでもそれはそういう「一面」もあるかもしれないという保留をしながら読む必要がある。

 今でこそ死語になりつつある、モラトリアム人間とかそうした大人になりたくない青年というキーワードを軸に麻原の生い立ちを重ね合わせてなぜ教壇がテロリストになっていったのかを上手く書いた内容となっている。もともと麻原が7人兄弟の貧しい畳み職人の中で育ったこととか、トラウマとか。そしてそれとその時代の雰囲気を重ね合わせていくその論述はかなり面白い。

 40ページあるが、じっくりとあの頃を思い出しながら読むといいと思う。若者論とはこういう内容なのねと言うこともよく分かると思う。

 その後の日本は、どうなんだろうか。現実はいつの時代も厳しい。それと向き合い、受容し、今を生きる。そうするしか人は大人になれないのかもしれない。大人とは何か。それを求めるのも若者論の命題なのかもしれない。

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