現代における保育者の専門性に関する一考察

草信和世・諏訪きぬ(2009)「現代における保育者の専門性に関する一考察」『保育学研究』 47(2), 186-195

http://ci.nii.ac.jp/naid/110007522911

PDFあり

 保育の専門家とは何かについての論究で、特に身体知や暗黙知についての考察となっている。専門家のモデルとして、ショーンの反省的実践家が有名であるが、それよりも保育者は身体を子供との相互作用の中でつねに直接接しているのでむしろタクトを振ることが重要ではないかと論じている。例えば、

保育者は実践において即座に自らの行為を反省することが困難なほど子供との相互的な行為の直接性を生きているので、保育者の実践においては、「行為における反省」よりも「タクト豊かな」振る舞いがより重要な位置を占めるのではないだろうか

 と述べ、保育者の専門性を保育行為の只中の振る舞いに見いだしている。その他、省察は保育の実践の中で修練されていくことだという津守先生の説も言及している。

 研究方法は、VTRの観察、参与観察で、集団性に着目している。その中で、保育者の身体知に関する五つの視点での考察をしている。こうした観察などは、現象学的視点~認識の文脈的解釈について書かれていることが多いような気がする。とにかく身体知の五つの視点とは、

  1. 言葉のリズムで響き合う
  2. 身体の向きで響き合う
  3. 身体の形で響き合う
  4. 身体の動きとリズムで響き合う
  5. 身体の動きとリズムで響き合いを拡げる

 とされている。この枠組みで、VTRを見ながら、また関わりながら事例を当てはめて論じている。

保育者は主体である子供のヴァイブレーションを客体として感知し、そのヴァイブレーションを自らを響き合わせることで、共通の心理的基盤を構築することを可能とし、その行為を通して、彼らの求めに満たしうることが明らかになった。この響き合いは身体によって行われ、身体によって知られる。従って、響き合いの有り様や方法は、保育士に、身体知として成立している。

 若干大げさかと思うし、そこまで論考がついていたかと言えば、どうかと思うけれど、美しい所なので引用しておく。

響き合う保育行為を通して「生命」そのものを現出させる「リズム」の形成者であるように思われる。特に集団化された響き合いは「生命そのもの」を豊かに創出し、子供の「生きる力」を乳幼児期から培うものとして、価値を持つものであるといえよう。

 読みやすく、しかも考えさせられる内容。以前に述べた保育の専門性とは違った視点での論考。たぶん、専門性と言うよりも「専門職性」の部類の内容である。

 その後、精力的に継続研究をしていたので、下にあげておく。(2)(3)http://ci.nii.ac.jp/nrid/9000006975697

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