『山海経』研究上の一課題

伊藤清司(1985)「『山海経』研究上の一課題」史学 55(1), 1-17慶応義塾大学

http://ci.nii.ac.jp/naid/110007410464

PDFあり

 山海経が一人の手によって書かれたものではなく、その時代時代に書き加えられてきたものであるとする研究者の概ねの見解に、その根拠は何かを論じている。古くは、『史記』にも出てくる山海経であるが、その後の巻数が増えたり減ったりしている。それは整理したものであるとか、書き加えられたものであると、この論文では、時代毎に整理している。特に最後の方では、論者はそれぞれに時代に累積されてきたものである。だから、山海経は、一元的に同定しようとしている事に対して、異議を申し立てている。例えば、

『山海経』の本質を論じるにあたって、あるものは地理誌ないしは物産誌として、あるものは古代神話伝承の書とし、またあるものは古代の旅行指南書、あるいは祭法の書、はては語怪の書や寓言集などと結論づけているのは、現行本の『山海経』の中で、研究者が最も強く印象づけられた要素から導き出した演繹的な解釈であるものが多い。さもなければ、この書に認められるあらゆる主要な要素を網羅し、「古代神話・故事・巫術・地理・博物観念の一大結集」などとする傾向が強い。

 けれども、時代背景が違うし、その意図も違うことから、1つ1つの著(経)に対しての性格付けをしっかりと行うことが必要であること。その上で、時系列の視点で考究される必要があることを提示している。

 よっぽど山海経について興味がないと面白くない論文であるが、よく整理されていると思う。


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