幼児理解のプロセス

岡田たつみ・中坪史典(2008)「幼児理解のプロセス」『保育学研究』46(2),169-178

http://ci.nii.ac.jp/naid/110007029706

PDFあり

 子供を保育の中で理解することについて、冒頭で既に結論が出ているので、それを引用しておく。

 保育者にとっての幼児理解は保育行為の中で積み上げられる私の中の〈その子〉を理解することであり、〈その子〉との関わりと通して得られた情報と、それまでの〈その子〉についての私の理解度を照らし合わせることで、その時点までの〈その子〉の理解を修正し、新しい〈その子〉の理解を構成しながら、次の関わりへと移行する行為のことである。従って、幼児理解とは常に暫定的であり、私の〈その子〉との関わりを通して、再構成し続けるものである。

 調査方法は、半構造化面接などの客観性の担保を取らず、直接参与による観察~オート・エスノグラフィーを取り、同僚の保育記録と自分の記録をつきあわせるときは、M-GTAの手法でカテゴライズしている。つまり、自身の保育記録をネタに、M-GTAで質的研究しましたよということになる。

 じっくり読める内容になっており、結論も、子供と一保育者だけではなく、保育者同士もまた思いを共有し、連結したり変化したりと支え合っていることを明らかにしている。言い換えると、同僚の保育の視点が記録に記載され、それを自身が読むことで、参考にしつつ、それを応用させたり、変化させたり。その逆も然りであると。

 ただ自分の保育記録を持って、オート・エスノグラフィーとするのはどうか。確かに、民俗学でいうところの直接参与と記録という意味ではそうかもしれないけれど、エスノグラフィーとは、自分のフィールドにない異文化を記述する手法のイメージが強く、論者はその手の専門職として長年働いているか、そのフィールドに身を置いていることから、エスノグラフィーと言って良いかどうか。また、同僚の保育記録との比較をしているが、論理の誘導に自分の記録が予定調和として使われているんじゃないかとか。そうした危うさを抱えながらも、まずは妥当な結論だったと思う。
 この保育学研究は非常に読みやすいし、保育では質の良い内容を揃えている。もし興味がある人は是非、ここの目録から読むことをオススメする。

保育学研究(出版年をクリックすると論題がずらりと出る:すべてPDFで落とせる)http://ci.nii.ac.jp/vol_issue/nels/AN10378027_ja.html
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