「『遊び』それ自体」の発達についての一考察

横井紘子(2007)『「『遊び』それ自体」の発達についての一考察』『保育学研究』45(1),12-22

http://ci.nii.ac.jp/naid/110006366775

PDFあり

 遊びがそれまで実証的に捉えられることや体系づけられることによって科学化されてきた歴史がある。しかし、本質的に遊びとは、遊び手の中にあり、遊びという行為の中にしか遊びは存在しないとする視点が欠如しがちであった。そこで、遊びとは何かという主観的な体験を考察する分野に現象学がある。現象学とは、間主観的な現実把握を表現する学問として優れているからである。

 ここでは西村清和を中心に、ときおり美学者のガタマーを援用しながら遊びについてを素描する。現在、私も西村清和の『遊びの現象学』勁草書房を手がかりに研究を進めているので、論者のまとめ方は非常に参考になっている。以前に取り上げた、横井紘子(2006)「保育における「遊び」の捉えについての一考察」『保育学研究』44(2), 189-199, 日本保育学会 http://ci.nii.ac.jp/naid/110006197722 PDFありでは、J.アンリオを対象に遊びの構造に迫っており、今回は、より遊び手と遊び手の間にある遊びの体験に迫った良い内容である。

 後半、事例を元に論者が思考を展開しているが、遊びとは、主観的なものであるが、人や自然という応じる関係があって初めて成り立つものである。確かによく遊んだと実感するものを与えるものは、その主観を価値づける遊びというメタである。よって、遊びは遊び手の間にありながら、遊びとして成立させる「価値」であるといえる。

 ちなみに保育学研究は、保育関係では査読のあるもっともしっかりした学会である。また、精力的に研究をしている先生らしく、ここ最近毎年論文を発表しており、しかもPDFで全て読める。保育で子どもと遊ぶとは何かを考える上ではとても参考になる人だと思う。

横井紘子

http://ci.nii.ac.jp/author?q=%E6%A8%AA%E4%BA%95+%E7%B4%98%E5%AD%90

関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

kuma

Author:kuma
救護施設→知的障害児施設→通所介護施設(高齢者)と15年以上。これからも思考と体力で、働いていきます。

自分のサイトもあります。
kumaの学習ノート

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク