精神障害当事者と支援者との障害施設における対等性についての研究

三野宏治(2011)「精神障害当事者と支援者との障害施設における対等性についての研究」『立命館人間科学研究』22, 7-18

http://ci.nii.ac.jp/naid/110008089495

PDFあり

 いわゆる立命館で推し進められている「生存学」の研究蓄積をベースにして、当事者と支援者双方の対等性という意味についてのインタビュー調査である。この論文は、180人の参加者と11ヶ月という調査としては長い期間を経て作成されたモノであり、それだけで良くまとめ上げた内容であるといえる。ただ、従来言われているような社会福祉学が論じる「対等性」とは一線を画しており、それは生存学がどちらかといえば障害学から発展していった学問体系に依拠しているからといえる。障害学は、どちらかといえば、当事者主権や非専門家あるいは専門家不要説の立場を取るため、どうしても専門家が唱える対等性に対しては批判的な立場、それもかなり急進的な立場を取る。

 この論文は、やはりどちらかといえば当事者に寄り添う形で支援者に自省を促すような内容となっているが、それでも対等性について多角的に論じていて非常に勉強になった。特に、日本PSWの倫理綱領の発端になった1973年に起きた「Y問題」は門外には耳にしたことのないことであるが、PSWの倫理綱領を語る上では欠かせない原問題であることなどである。また、例えば、病状が悪化して隣人に暴力をふるって、強制入院をして、5年間病院に拘束されたが、これは当然のことなのか不当なのかどうか。当事者は、しょうがないと思っていたが、話し合っていく内に、それは不正義ではないかという疑問に変わっていくこと。しかし、読み手の私としては、じゃぁ、どうするのかと。刑事罰に問えないとしても、5年間の入院は罰せられた結果ではないと思っても、じゃぁ、病状が悪化したまま、そのまま自宅にいることはいいことなのか。結果として、入院して、服薬調整をして、今この場で発言できるのは、治療のおかげではないか。それを一義的に、同意をしないままに5年間入院によって身体を拘束されたのは不当だというのはどうかと思った。

 いずれにしろ、対等性というコンセプトは、「それは本当に対等なのか」という問いかけをする機能があり、対等性を語る文脈は、1.専門家、2.当事者、3.専門家と当事者の関係性という3つの視点で考慮されるべき事であるとする結論は大いに首肯する。

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Y問題

Y問題が端緒になったとのこと。
Y問題を、右の意見と左の意見を入れてPSWを分裂から救ったのが「提案委員会報告」でした。
私は、提案委員会報告の核心部分、経過における反省点を書いたものです。
何かお答えできることがあればと、メールしました。

ありがとうございます

栗屋登様、コメントありがとうございます。
ググってみましたら、提案委員会報告についての論文や栗屋様が委員に名を連ねていた文書がありました。読ませていただきます。
http://www.arsvi.com/1900/8106ti.htm
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