ハリー・ポッターについて3本

 ハリー・ポッターは四巻まで面白いけれど、そこからどんどん暗くなり、ダンブルドアが亡くなるあたりで真っ暗に突入し、「謎のプリンス」六巻なんて息苦しいくらい。そして、七巻もなんだかどこか重いモノを背負った感じで終わる。ちょうど、指輪物語も中盤から重くなるような感じである。どうも重厚なファンタジーは、そうした暗さをどこかに抱える。だからこそ、ラストが活きるのかも知れないけれど。すべてPDFあり

 チータムはちょうどハリー・ポッターが三巻出されたときに書かれたモノ。ちょうどハリー・ポッターが世界現象のように出版前日からお祭り状態になっていた時期で、そのフィーバーの原因について論考している。ハリーの生い立ちや世界設計は古典的にも定石と行ってよい構造をしていること、子供のために優しく書かれているわけではなく、むしろ大人が読んでも十分に楽しいことなどを論じている。また、この手のファンタジーでの魔法の取り扱いは、古典と違ってかなり気楽に使われていることや、家庭環境の過酷さと現実の辛さがその境遇に比べて、明るく描かれていることなど、つまりライト(軽さ)もまた安心させてくれることなどを分析している。これから読もうと思う人にはよい手引き書となっている。

 加藤は、ハリーはキリスト教福音主義には批判的に取り扱われていないこと。その一方で、ナルニア物語は好意的に捉えられているその原因について分析している。ナルニア物語は全知全能のアスランがキリストを彷彿させること。ハリーは主人公として、時にだましたり、ウソをついたり、出し抜いたり、人の不幸を笑ったりすることがあり、お世辞にも高潔な人格ではないことなどがテキスト分析で明らかにされている。また最後の方で、ナルニア物語は異教徒についての取り扱いがあり、本来原作者は、キリスト教ではなくても、良いものは他の宗教を信じるモノの中にあるという寛容を示している。しかし、福音主義者は、こうしたところを強調するよりも、ナルニア物語の中にあるキリスト教的なところを強調するように働きかけていたことなどを紹介している。ナルニア物語やハリー・ポッターの宗教性について興味にある人には読みやすい比較を行っている。

 竹田は、題名の通り、不死鳥の騎士団の重苦しい内容について分析している。このあたりからぐっと難しくなるのも確かで、読み進める上で、こうした解釈は良い導きとなる。4巻までのあらすじからこの巻で取り扱われる、予言、そしてその意味について解題している。

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鳥海山について二本

 平成25年4月28日に秋田県立博物館にて行われた特設展「霊峰鳥海を祈る人々」を観に行って、今更ながら山岳信仰の裾野の広さに感銘を受けた。山岳信仰自体はかなり古くからあり、記録上は800年代中期からあるが、多分それよりもずっと昔からあったと思う。根本的には、縄文人も山を畏れ、祀り、ストーンサークルなども山から登る太陽の位置などで決められていた。アニミズムと山岳信仰は深いと思う。

 それはそれとして、鳥海山でCiNiiで検索して、かつPDFで落とせる論文の中から、民俗学的なモノは、鈴木のが唯一だった。あとは火山学とか地質学系の論文が多く、その中で読めそうだったのが、島野であった。ともに無料PDFあり

 鈴木は特に山形側の鳥海山の信仰、特に修験道と村の「講」や年中行事についてかなり詳しく論じている。なんと67ページと論文にしてはかなりのボリュームで、鳥海山の信仰について興味がない人にはちょっと二の足を踏むかもしれない。けれども、最初の20ページで鳥海山の信仰を概説しており、自然環境や伝承などを幅広く紹介しているので、それを読むだけでもかなり総体的に掴むことが出来る。また明治時代の習合分離政策と修験道の生き残り策や詳細な年中行事の紹介はそれだけで読み応えがある。唯一と言っていい、CiNiiでPDFで読める民族誌なので落としておいて損はないと思う。

 島野は、題名の通り、湧き水の水分の分析である。この論文の面白いところは、湧き水があるところの写真を実に28点と多数載せていることである。また昔の人はネーミングがよい。瑠璃水、仙人水、出壺の湧き水とか。なんとも行きたくなる。さらに山の噴火や地形変化の歴史をさらっと概説しているので、鳥海山の歴史を知る上で分かりやすい内容となっている。成分の方は、山の湧き水として、海側に面しているため、ナトリウムが含んだ湧き水が多いことなどが、分析結果示されている。湧き水の性質や成分量など詳細にわたって論じていて、すごく丁寧に書かれていることが分かる。


生活保護法における「理念」と「運営」

志賀信夫(2011)「生活保護法における「理念」と「運営」」『一橋研究』36(2・3),17-33

http://ci.nii.ac.jp/naid/110008733807

PDFあり

 そもそも生活保護はどのような理念なのか。このことについて一般にはあまり知られていない。現在、生活保護受給者をめぐる風当たりが非常に強い。また、生活保護は最後のセーフティネットということは少し関心のある人ならば耳にしている言葉である。しかし、法的な解釈をめぐって、この受給者への風当たりとセーフティネットである制度運営には、矛盾がはらんでいることが分かる。言い換えれば、人が最低限生活が保障されることは正しいが、しかし、働かざる者食うべからず、つまりそうした働かない人は、生きる資格はない。そうしたメッセージが発せられている。

 この論文では、この生活保護の受給権をめぐる法理念の矛盾点を明らかにしている。法律では、先に述べたような最低限度の生活の保障はすべからく行うべきであるとされながら、自立の助長も同時にしていかないといけないと規定されている。この論文では生活保護が制定されたときに書かれた原典と言うべき解釈や古典とも言うべき言説を分かりやすく引きながら、生活保護はそもそも無条件で最低限の生活を保障する法律でありながら、惰民防止や働かざる者食うべからずという旧法の影を色濃く反映されていることを明確にしている。

 昨今の生活保護受給者への風当たりの強さを引き込んでいるのは、そうした背景にあることを知る良い内容である。

セーフティネットとしての生活保護からベーシック・インカムへ

岩本希(2012)「セーフティネットとしての生活保護からベーシック・インカムへ」『北星学園大学院社会福祉研究科 北星学園大学院論集』3,194-207

http://ci.nii.ac.jp/naid/110008915175

PDFあり

 昨今の貧困の拡大を分かりやすくまとめた上で、生活保護受給者の増加について論じ、最後にベーシック・インカムを導入することもメリットを提示している。

 昨今の非正規雇用や相対的貧困は良く論じられているが、改めてこうして表を提示されるとその現実の重さを再認識する。そして、生活保護受給者の増加もまた考えさせられる。しかし、別論文でそれでも生活保護水準以下の人が多数存在し、その中で補足されている率が14%以下という。つまり、80%以上の人が生活保護水準以下の生活をしていながらも受給していないと言うことになる。

 また非正規雇用や低賃金の層が増えたことと生活保護受給は直接結びついているわけではなく、むしろ高齢者による受給者が増えていると見るべきである。つまり、年金では生活できないという状況である。

 またベーシック・インカムは、広くセーフティネットの役割を果たすことを論じている。そうした諸々の状況から政策的な動向を非常に分かりやすく論述している。

 しかし、ここ最近あまりベーシック・インカムの議論が聞こえてこないのは私の単なる情報収集が足りないためなのか…風潮としてそのような流れではなくむしろ惰民防止の風潮が色濃くなっているように思えるのは気のせいだろうか。昔から補足率の低さは、単なる貧困を隠していたためだけではなく、そうした人を見て見ぬふりしてきたからではないかと思う。その意味で、本来はベーシック・インカムは非常によいシステムであるはずだが、それが実施されないというのはまた、そうした貧困あるいは貧困者の不可視化が社会全体を覆っているからだと思う。もし、このシステムが実施されるときは、何か貧困層からの暴動や革命でなければ無理ではないか。それほどベーシック・インカムは社会主義的な色の濃い制度だと思う。

プロフィール

kuma

Author:kuma
救護施設→知的障害児施設→通所介護施設(高齢者)と15年以上。これからも思考と体力で、働いていきます。

自分のサイトもあります。
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