わが国介護サービスにおける選択制と利用者主体の限界

佐藤克彦(2012)「わが国介護サービスにおける選択制と利用者主体の限界」『北星学園大学社会福祉学部北星論集』 49, 99-114

http://ci.nii.ac.jp/naid/110008916557

PDFあり

副題は、準市場の観点から となっている。

 こうした介護保険の制度批判は数多あるけれど、この論文の目新しさは、そもそも介護保険で謳われている「準市場」は、ウソであるということを論じていることにある。官のコントロールもあることや保険であるから勝手に値段がつけられないといった意味で、本来の自由競争での市場ではなく、それに準じた市場という意味で、介護保険は準市場と言われていた。

 しかし、この論文では、そもそも準市場は1990年代にイギリスの学者が体系化し枠組みを提示している。その枠組みでは、準市場の準とはサービス利用者にあっては利用者の購買力を問わないこと。もしくは貨幣を媒介とした取引ではないことを意味し、市場は財・サービスの提供過程に競争原理を導入することを意味している。そして、この準市場の「成立条件」はいろいろあるが、介護保険では特に情報の非対称性の解消(モラルハザード)、市場では退去が容易であったりするのでそうした不確実性への備えをするとか、利用者を搾取の対象にしたり自らの組織にとって有利に働かないようにするなどが求められている。

 その意味で、介護保険は確かに準市場での「成立要件」を踏まえているとはいえ、根本的には準市場ではない。例えば、準市場では利用者の購買力を問わないしているが、実際には所得格差による利用制限がある(たとえばホテルコストなど)。サービスの取引は現物支給とはいえ、保険料や利用料は貨幣でのやりとりがある。さらに利用者主体といっても出発点からして、機械で選別され数値化された客体として利用者が形成される。そして介護保険自体に財政的制約から選択にも制限がある。ゆえにとうてい準市場でもないし、利用者主体でもないと論破している。またモラルハザードにしても、中立性を担保するはずの地域包括ですら、市の直営は31%であり、委託が67%であり、委託の53%が社会福祉法人である。このことから自らの組織に有利に働かないようにしないようにするという建前は形骸化している。

 さらに介護保険は、自分でできること、自分で負担できることについては本人が責任を持つのが当然である。本人の責任に帰せないケースは社会福祉の役割である。介護保険の守備範囲ではないとまで言い切っている。そう考えると、老後に介護保険サービスを受けられなくなっても、例え保険料を払っていても老後に介護サービスを『選択』したり『購入』できないのは自己責任だとするレトリックがかいま見えると論じている。

 内容は全体的に介護保険を論じており、批判に富んだ内容である。

 まぁ、こんな風に教えてくれる教科書もないだろうからその意味で刺激的な論文であった。

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ケアマネジメントにおけるネットワーキングの意義

高橋真弓・野中猛(2012)「ケアマネジメントにおけるネットワーキングの意義」『日本福祉大学社会福祉論集』126,15-33

http://ci.nii.ac.jp/naid/110008916910

PDFあり

 副題は、研究会方式による実践事例を通じて となっている。

 ケアマネ業務がニーズに複雑化により高度化している。そのため他職種のネットワーキングがサービスを重層化させることが必要になってきた。しかし、「ネットワーク」という言葉は多義であるため曖昧でもある。この論文ではネットワークとは何かについて調査して論じている。といっても、この論文の大部分がケアマネのネットワーク構築の意味の探求と言うよりも、日本福祉大主催で行っているケアマネ研究会での実践者と学者のあいだに横たわる組織帰属のモチベーションや役割を論じている。そして、その研究会は実践者と教育者をつなぐために欠かせない会であることを明らかにしている。

 よって各種・異分野のネットワーキングやケアマネのネットワークの力量とか、そうした方法論・援助論への記述は最初のさわりだけで、そうしたことを期待すればややガッカリする内容である。

 とはいえ、実践者が会に入り、事例発表やレポートを書くことで現場にフィードバックすることができる。そうしたきっかけとして研究会は必要であるし、そうした機会がより増えることは大切なんじゃないだろうか。もっというならば、高齢者福祉施設などはケアマネ、介護員、相談員、事務など小さな他職種が存在している。こうした中から研究会を作り、発表やレポート作成などができればいいんじゃないかなぁと思うけど、同じ職場でのこうした会は半ば義務的にならざるをえないし、仕事の延長として捉えてしまうからやっぱり難しいか。

特別養護老人ホーム現任者の研修ニーズに関する研究

黒木邦弘ほか(2011)「 特別養護老人ホーム現任者の研修ニーズに関する研究」『社会関係研究』 17(1), 53-72,熊本学園大学

http://ci.nii.ac.jp/naid/110008916541    

PDFなし

 副題が、生活相談員と介護職員の研修意欲の考察 となっている。

 副題の通り、熊本の特養の生活指導員と介護職員にどのような研修ニーズがあるのかの調査論文。調査方法として、研修に来ている職員にアンケートを実施してどのような研修をしたいのかを答えてもらっている。だから、まぁ、研修に来た人へのアンケートなので研修ニーズは高いだろうし、また研修に来ている人たちばかりだから前向きに研修したいって答えるだろうというつっこみも入るものの、一応因子分析で必要な数を揃えているので妥当性はある程度担保されていると思う。

 中でも面白い結果として、生活指導員は30代の男性で介護員は40~50代の女性が多いこと。また生活指導員は介護福祉士や社会福祉士を持っていない場合は、資格取得に意欲が低く、また他の職種をやってみたいと思っていないが、外部研修はしたいと思っていること。また国家資格の有資格者で生活指導員をしている人は、トラバーユ願望が潜在的にあるし、外部研修ニーズも高い。介護員はいまの環境に満足しているし、施設内での研修ニーズが高い。

 つまり、生活指導員は外のネットワークや上昇志向が強いが介護員は施設内での凝集性に重きを置いて身近なところでちょっとしたレベルアップを志向しているのかなと思った。

 いろいろとSPSSに数字をぶっ込んだ感じはあるが、わりと結果がはっきりと分かれていて内容にもなるほどなぁと思わせる説得力があった。まぁ、研修センターでの調査なのでアレだが、自分で研究するとかそうした自主学習って言う視点での提案ってあっても良いのではと思ったり。福祉の仕事は労働集約型でなかなか外部研修っていけない場合が多い。また自腹を切ってでもいきたいと思っても、勤務が不規則だったりすると開催の日時と休みが合わなかったり。また情報や研修の本数も福祉系は割と少ないんじゃないだろうか。そうすると、自分で勉強するって事が一番の自己研鑽のはずだけれどその方法とか内容とかって分からない人が多いんじゃないかなと思ったり。

隠された過去と現在をつなぐナラティブ・アプローチ

上田宜子(2006)「隠された過去と現在をつなぐナラティブ・アプローチ」聖泉論叢 14, 181-189

http://ci.nii.ac.jp/naid/110006426482

PDFあり

 副題が、高齢者施設における一事例の行動観察から となっている。

 副題の通り、一人の高齢者~特別養護老人ホームに入っている人の問題行動の背景にある歴史を紐解くことからそうした問題行動の解決を図っている。この論文の面白いところは、入所した時点での書類に76年間の過去がまったく記載されていなかったこと。そして面会に来る家族も口をつぐんで知りませんと話すこと。しかし、その女性は奇声や空笑いが絶えず周りの入所者に多大な迷惑をかけている。きっと過去になんかあったんだろうと思うけれど、それが分からない状態であった。

 ナラティブ・アプローチは人は物語を語る存在であること。また人は誰でも過去、現在、未来をつなぐ自分の物語を持っている。その中で出会いや転機、事故、病気それに伴う困難や哀しみなどのエピソードが連なって自分の物語が作られる。そうした過去を語り、もう一つの可能性や人生を見直し、再構成することで生き直すための「促し」である。

 この論文では本人が重度の統合失調症であり、本人が語ったわけではなく、ナラティブなのかやや疑問に思わないでもないが、それでも現在の状況を冷静に観察し、家族が語る本人の過去から現在の行動が理解され、結果として医療に結びつき、問題行動はかなり解消されたという結果に結ばれている。この事例から学べるのはこうしたアプローチを使うことで、周りはその人のことを理解していくのである。

 まさに人はストーリーの中で生きていることを知るのである。

 読みやすく、とても面白い内容である。また、ページ数も少なくサクッと読めるかと思う。

プロフィール

kuma

Author:kuma
救護施設→知的障害児施設→通所介護施設(高齢者)と15年以上。これからも思考と体力で、働いていきます。

自分のサイトもあります。
kumaの学習ノート

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