英国ポストモダンソーシャルワーク論における認識論的および倫理的課題をめぐって

児島亜紀子(2009)「英国ポストモダンソーシャルワーク論における認識論的および倫理的課題をめぐって」『社会問題研究』58 (137), 29-43,大阪府立大学人間社会学部社会福祉学科

http://ci.nii.ac.jp/naid/120002739876

PDFあり

 副題はハウ論文の批判を中心にとなっている。

 児島先生のポストモダンソーシャルワーク論の最初の頃の論文である。その後、ケアの倫理などの概説に移っていくが、いわゆるポストモダンソーシャルワーク論とは何かの良い概説および批判的な論文である。ポストモダンソーシャルワーク論は、ナラティブなどに代表される。いわゆる真理とか普遍的なものはなく、それはそれぞれの言説によって成立している、セカイ観である。 援助者は利用者に福祉サービスを提供するとき、知らず知らずのうちに権威として働きかけている。だから、この権威はどこから来て、どのように利用者に作用するのかをじっくりと自覚しないといけない。現在の援助技術で取り上げられる問題点や最新の理論展開について格好の手引き書になっていると思う。そして、ポストモダンソーシャルワーク論の限界とか欠点も良く掘り下げられている。

 結局、いくら見方を変えても、そこには貧困とか生活困難という「事実」は残る。福祉の暗黙の了解として、あるいは言ってはいけないことの一つに、「あんたの自己責任でしょ」ということ。確かに怠けて貧困になったり、不摂生から病気になったら、ついつい、言いそうなものであるが…でも、社会福祉に関係する人は、そう思ったとしても、それを括って、目の前にある事実をどうにかしないといけない。それは金銭だったり住居の提供だったりと非常に具体的なことである。じゃぁ、その後、その人をどうするのか。資本主義社会の中で、福祉国家の中でどのようにその人を位置づけ、生きる手だてを示すのか。それは思ったほど多様な選択肢はないかもしれない。しかし、道筋はそれなりにあるかもしれない。そのプロセスをどのように示すのか。それが援助者のスタンスであると思う。

 とかくポストモダンソーシャルワーク論は最新の理論であり、手放しで賛成する人が多く、また批判的に観る人は少ない。何がどうなのか。そして何を考えるべきなのかについて日本ではまだまだ緒がついたばかりなような気がする。その意味で、非常に良い案内役となるといえる。

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対人援助職の観る現実

藤原亮一(2006)「対人援助職の見る現実」『苫小牧駒澤大学紀要』15,53-72

http://ci.nii.ac.jp/naid/40007392091

PDFなし

 副題は、生活史資料を読み解くとなっている。

 福祉ボランティアや教員を取得する学生の介護体験実習など、対人援助などを体系的に学ばない学生が、福祉の現場で実習ないしは利用者や援助者と関わりを持つ際に抱く不安感の軽減を目的にした実習教材やゼミの持ち方についての提案となっている。

 福祉ボランティアは掃除や雪下ろしとは違い、対人的な関わりなしには成立し得ないことから関わり方の態度や知識、距離の取り方などの基本を知っていれば、双方の不安やトラブルは回避されるのではないかとの視点。その視点を知るには、援助者が利用者について書いた援助記録などの手記を読むと良いと提案している。

 その手記から、その援助者がどの様に現実を切り取っているのかを読み合わせする。そのことで、実習に行った時に、利用者と援助者はどのような現実認識で関係が結ばれているのかというロジックを知ることが出来る。もちろん、その現実認識は人の数だけあって、主観と相互作用によって変化する。しかし、援助者の行為だけを見てその通り動いても、その背景にある思いや視点を知らないと、自分の中でも理解がすすまないだろう。よって、手記をきっかけにして、援助者がどの様なことを思っているかを推測することは、現実の自分の行為や目の前の援助者の行為を意味づけることが出来るといえる。

こうした演習や手記を教材に使ったあり方について、現実認識とは何かをポストモダンの視点で提示し、新しい知識や概念を獲得する際には「概念準拠モデル」という物があることを説明し、対人援助の基本的な視点として「樹上の鳥援助モデル」を提示。決して詳しくはないが、それ故に読みやすい内容となっている。また、教材で取り上げた手記もいくつかあり、面白そうだなと思った。

福祉専門職としての援助者の質に関する研究

外崎紅馬(2006)「福祉専門職としての援助者の質に関する研究」『会津大学短期大学部研究年報』63, 29-42


http://ci.nii.ac.jp/naid/110005001539


PDFあり


 福祉系大学の学生と実際に施設で働いている職員の「専門職」像の違いについて調査したもの。その上で、援助者としての必要な要素の根源について考察したものとなっている。調査方法とか集計の仕方は問題なさそうである。t検定や因子分析も丁寧に記述していると思う。


 学生と施設職員の意識の違いとして有意に違うのが、「迷うという気持ちが持てる」というのが印象深い。当然この気持ちは施設職員の方が高く、学生は低い点数となっている。あるいは、受容する気持ちを職員が大切にしており、学生は点数が低い。技術面では、様々な利用者に対応できる技術や専門知識を活用できる技術を学生は意識が高く、職員は、観察力や自分の感情をコントロールできる事に意識が高い。


 因子分析では、学生は第1因子に「基礎的専門知識」が挙げられるが、職員側の第1因子は「人間性」となっている。また学生は、「利用者理解への姿勢」という因子が存在するが、職員側にはなく、そのかわりに、職員側には「利用者主体の援助意識」があり、学生には無い。


 調査結果から、学生は援助者の質について、基礎知識や関連知識などの技術を身につけることを重視し、援助は利用者の立場に立った視点を重要視している。職員側は、実際に提供している援助の内容や、提供するに当たっての心構えや気持ちの持ち方など、援助者の姿勢、価値を重要視している。また援助者として自分自身で考えることの大切さを意識している。言い換えると、学生は援助者の質としての理想を考え、職員は援助者としての質を以下に向上させていくかということに意識が向いていると考えると結論づけている。


 その後、倫理とは何かとか援助者とは何かの理念的な記述が続き、せっかくの調査研究が台無しである。調査研究は調査の結論を述べれば良く、あるいは調査から見えてきた考察にとどめればよいのだが、どうも盛りすぎた様子である。


 とはいえ、学生と施設職員の専門職像のアンケートの比較は面白い。私としては、因子分析でまとめた項目が、同じ因子名であっても、構成が違ったりしているので、その差異までを含めて細かく分析すれば良かったのではないかと思う。例えば、「人間性」の因子では、学生は高い順に、「やさしさ」、「思いやり」、「誠実」であるが、職員側は「思いやり」、「気配りができる」、「心にゆとりが持てる」である。このことから、学生は抽象的なイメージとしての援助者像であるが、職員側は、実践における具体的な態度をイメージしているものと推測されるなど。


 そんなことをイメージしながら、読むと面白いかもしれない。

プロフィール

kuma

Author:kuma
救護施設→知的障害児施設→通所介護施設(高齢者)と15年以上。これからも思考と体力で、働いていきます。

自分のサイトもあります。
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