少女マンガ論の生成期と「24年組」神話

繁富佐貴 (2010)「少女マンガ論の生成期と「24年組」神話」『日本女子大学大学院人間社会研究科紀要』16, 69-83

http://ci.nii.ac.jp/naid/110007575983

PDFあり

 昨日の続編のような論文。「1980年代の「少女」論の構造」http://ci.nii.ac.jp/naid/110007029737では、少女マンガ、少女小説などといわれる場合の「少女」とはどのようなイメージを持っているのかを考察したものであった。この論文はもう少し絞り込み、少女マンガを語る上で、「24年組」というキーワードが少女マンガを語る上で非常に重要であることに着目し、なぜ、24年組なのか。その重要な意味とは何かについて考察した内容になっている。

 少女マンガ論が始まったのは、1970年代後半であり、その時にとりわけ注目されたのが”花の「24年組」”とのこと。現在でも直接「24年組」を論じていなくても、「24年組」を基準に語る視線が無自覚に持ち込まれているという。この花の24年組とは、昭和24年頃に生まれた少女漫画家のうち、萩尾望都や竹宮恵子、山岸涼子、大島弓子、木原敏江などを指し、少女マンガに文学性を与えたと評されている作家であり、彼女らによって、少女マンガに革新がもたらされたという。しかし、この花の24年組は前述の作家達が自ら呼び始めたものであり、遊戯的なものであったといえる。

 その後、これらの作家が実験的な雑誌で好きなように書いたことや、少女マンガのあのキラキラと光りまくる目に拒否感を抱く男性側の編集者の話などマンガ論にとってはなかなか面白い裏話を読むことができる。また24年組論以前と以後の比較で述べるならば、端的に以前は少女マンガは論じるの値しない位置づけであった。あるいは少女マンガ=欠陥マンガ旧態依然マンガとして見なされていた。その後、こうした少女マンガへの批判や軽視に反乱を起こすように24年組が活躍することになるが、それでも1985年以降はあまり少女マンガ論は語られなくなる。この論文では、そこに至るまでの熱気をかなり描いている。

 少女マンガは、実は妹が大好きで、80年代から90年代までと、やはり24年組のも幅広く集めていたし、その量は結構なものだった。また父の妹も多分、リアルタイムに24年組のマンガを読んで、私の妹に読ませていたりした。いま、少女マンガ雑誌がどうなっているのか分からないけれど、その時はかなりの熱気を持っていたような気がする。少なくても80年代は。なので、ある程度この論文がいわんとすること、そして参考文献にあげた膨大な雑誌や作品は何となくイメージを持って読むことができたが、多分、興味がない人はちんぷんかんぷんだろう。

 昔熱心に少女マンガを読んだことのある人、あるいはマンガ論に興味がある人には、この少女マンガ史はかなりマニアックで面白い内容であると思う。最後に、いらぬ心配かもしれないが、これで博士課程の研究をした後、どんな研究職に就職したのだろうか。とことん自分の好きなことを突き詰めたような内容であり、査読教官とか大丈夫かと思った。

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1980年代の「少女」論の構造

繁富佐貴(2009)『1980年代の「少女」論の構造』『日本女子大学大学院人間社会研究科紀要』15, 29-42


http://ci.nii.ac.jp/naid/110007029737


PDFあり


 この論者、卒業したのかもしれないけれど、文学系の博士課程の論文。続編に『少女マンガ論の生成期と「24年組」神話』があるんだけど、これも近日中に載せていこうと思う。


 少女という言葉を巡る歴史的な言説の変化や根本について考察した論文。オタク文化にとって少女というキーワードは重要なので、オタク論における少女にも言及しているのかなと思ったら、少女マンガや少女小説などを対象にしたものだった。言い換えると、二次元萌えの男性の視線で語られる少女ではなく、少女を生きる女性の嗜好とはいかなるものかを論じていた。


 少女は歴史的な産物で、一つは子どもはそれまで「小さな大人」として不完全な大人として捉えられていた。しかし、近代になり、子どもとはそうした存在ではないと問い直されることになる。それは子ども文化の発見、あるいは子ども特有の世界観を考察することになる。


 この独自な文化の考察に当たって、少女は、「ひらひら」という語感に集約されるとされる。この論文では、少女論を論じる上で特に注目している言葉なので、以下は引用しておく。



あらゆる感覚とイメージの領域をひらひらと越境し、行きつ戻りつ自在に浮遊することになる。それはジプシー的な感覚に対して、日常的秩序の論理は、それを読み解くべき、ふさわしい言葉を持たず、ひらひらは分類と整合を核とする日常的秩序から、完璧にはみ出す異端児。 



 とのこと。このひらひらとした少女への感覚付与は、大正期の女学生のイメージであり、大衆文化の中でそれは隔離された「囲い地」の中で一時的の夢想に生きる「女学生」がある。そして、生産から外され、都市空間を代表する「記号」であり、和洋いずれの伝統にも依拠しない「異化するもの」として、その存在が誇示される新しい時代の表徴であった。


 もう一つが消費社会論から、少女は「かわいいもの」としてイメージ付与される。ファンシーグッズに代表されるものを偏向することに集約される。先の生産しないことを引き受けつつ、さらに消費と同義であると論を進め、少女と消費の代名詞として位置づける。こうした少女論の背景には、それを裏付けるだけの、素材~せんぜんの少女文化、とりわけ少女小説から継承されている。それが少女マンガの中にも見いだせるという論の進め方である。最後に論じられている文言が美しい。



「少女」論とは「少女的なもの」をこどばによって可視化し、「少女」像を追い求める議論であった。明確なことばによって「少女」を語ろうとすればするほど、「ひらひら」という浮遊性に要約されてしまう。結論をいえば、「少女」論とは、各々の「少女」を追い求める一種の「少女捜し」であったともいえよう。



 男性にとって、少女とは何か。それは不思議でとらえどころのないものである。大人になっても少女趣味とか少女としての側面があるともいわれる。この少女とは何か。なんだか分からないけれど、かわいいものという感覚的なものなのだろうが、かわいいものというだけでは少女ともいえない。いずれにしろ、論じれば論じるほど、少女とは何かが、ずれていく。まさに「ひらひら」と翻弄するものである。



プロフィール

kuma

Author:kuma
救護施設→知的障害児施設→通所介護施設(高齢者)と15年以上。これからも思考と体力で、働いていきます。

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